破魔矢発祥の地大田区にある『新田神社』の御朱印と御朱印帳

新田神社は新田新田義興の怨霊を鎮めるために1358年に創建されました。その後は、徳川家の祖先が新田家であった事により手厚い庇護を受け、『運を開き守り、幸せを導く』神社として多くの方に信仰されるようになりました。
そんな新田神社で頂ける、御朱印と御朱印帳について記載しています!

目次

新田神社とは

  • 御祭神:贈従三位左衛佐源朝臣(さひょうゑのすけみなもとのあそん)新田義興公
  • ご利益:家運隆昌、家内安全、厄除け招福、必勝開運、恋愛成就
  • 例大祭:10月10日

清和天皇より六代の八幡太郎義家の嫡孫源義重は上野国新田荘を領し、新田氏を称しました。新田義興公はその七世の裔(えい)新田義貞(よしさだ)公の第二子で、幼名を徳寿丸と申し、元服の折には後醍醐天皇より「義貞の家を興すべき人なり」として義興という名を賜り、従五位左兵衛佐に任ぜられました。

義興公は父義貞公の遺志を継がれ新田一族を率いて吉野朝(南朝)の興復に尽力され、延元2年12月(1337年)北畠顕家(あきいえ)卿と共に鎌倉を攻略、翌3年美濃国青野原に於て足利軍勢を撃破されました。正平7年(1352年)には宗良(むねなが)親王を奉じて、弟義宗・従弟脇屋義治と共に足利尊氏・基氏を再度鎌倉に攻め、之を陥して暫(しばら)く関八州に号令されました。

その後、武蔵野合戦を始め各地に奮戦され、一時、鎌倉を出て越後に下り待機養兵されましたが、武蔵(むさし)・上野(こうづけ)の豪族等に擁立されて再び東国に入られました。この事を聞知した足利基氏・畠山国清は大いに恐れをなし、夜討・奇襲を企てるが、常に失敗しました。そこで、国清は竹沢右京亮(うきょうのすけ)・江戸遠江守(とおとうみのかみ)らに命じて卑怯な計略をめぐらしました。

竹沢は公家の少将局という身分の高い女房を自分の養女にして、義興公に側女として献じて味方を装い、江戸遠江守は所領の橘樹郡稲毛荘を没収されたので、いっしょに鎌倉で戦おうと誘い出しました。
正平13年(1358年)10月10日、江戸氏の案内で多摩川の矢口の渡から舟に乗り出すと、舟が中流にさしかかる頃、江戸・竹沢らにいいふくめられていた渡し守は、櫓を川中に落とし、これを拾うと見せかけて川に飛び込み、あらかじめ穴を開けておいた舟底の栓を抜き逃げました。
舟はだんだんと沈みかけ、ときの声とともに、川の両岸より江戸・竹沢らの伏兵に矢を射かけられ、あざむかれたことを察し、義興公は自ら腹を掻き切り、家臣らは互いに刺しちがえたり、泳いで向こう岸の敵陣に切り込み、主従14名は、矢口の渡で壮烈なる最後を遂げられました。
そして、同年10月23日に悪計加担の渡し守は難船水死し、江戸遠江守は義興公の怨霊姿に驚き、落馬し、七日七晩溺れる真似をして狂い死にしました。
その後、足利基氏入間川領内には義興公の怨念と化した雷火が落ちたり、竹沢・畠山については、罪悪を訴える者があり、基氏に攻められ諸所流浪の末死にました。

この後も義興公の怨念が「光り物」となって、矢口付近に夜々現われ、往来の人々を悩ました。そこで義興公の御霊を鎮めるために、村老等によって墳墓が築かれて社祠が建てられ、『新田大明神』として広く崇め奉られました。これが新田神社の起こりです。(※大明神とは神様の中でも特に霊験あらたかな御神徳の高い神様をいいます。
例 稲荷大明神や神田明神などがあります)

江戸時代に入ると、将軍徳川家の祖先がこの新田家であるということより、松平家から「新田大明神縁起絵巻物(都文化財)」や「新田神君碑(大田区文化財)」の奉納などもあり、武運長久の守り神として、武家信仰の神社として栄えました。その後、蘭学者である平賀源内が新田神社に参拝して、境内の不思議な篠竹で厄除開運・邪気退散の「矢守(破魔矢の元祖)」を作り、広く御祭神の御神徳を仰がしめることを勧めました。また、源内は江戸一族の策謀を卑劣なやり方として、この新田神社の縁起をもとに浄瑠璃・歌舞伎「神霊矢口渡」を脚色し、これが当時の江戸っ子の気質と合ったかのように、大変うけて爆発的な大当たりとなり、江戸庶民の新田詣が始まりました。現在でもこの「神霊矢口渡」の一部分が各地の歌舞伎場などで上演されています。

また新田神社が江戸日本橋から約4里(17km)のところにあり、「十万庵遊暦雑記」や「調布日記」などの紀行・案内書類に記されていますように、目黒不動・大鳥神社→池上本門寺→新田神社・十寄神社→古川薬師などへとぬける当時の絶好のハイキングコースのひとつでもありました。
その後、明治6年1月に府社に列し、同42年9月には特旨を以て、御祭神に従三位が追贈せられました。

公式サイトより引用

新田神社の御朱印

新田神社では現在(2019年7月)新元号記念御朱印を頂く事ができます。こちらのデザインのものは、2019年12月31日まで頂けます。
初穂料500円(書置きの場合300円)
新田神社、御朱印

七夕記念御朱印

筆者が訪れた日は、たまたま七夕記念御朱印と御朱印帳が販売された初日でした。
七夕記念御朱印帳とは、新田神社で頂ける御朱印帳に新元号記念御朱印(上で紹介したもの)と七夕記念御朱印が直書きされたものとなります。
限定77冊の販売となっており、御朱印2種と御朱印帳で2200円となります。
新田神社、御朱印

新田神社の御朱印帳

新田神社で頂ける御朱印帳です。新田義興の兜がデザインされたカッコイイものとなっています。初穂料1700円(御朱印代込み)
新田神社、御朱印
新田神社、御朱印

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七夕記念御朱印  :7/6(土)から777枚限定
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新田神社の魅力

武蔵新田商店街を5分程進むと見えてきます。
新田神社、御朱印

東京の代表的なパワースポットである御神木

樹齢700年以上にもなる御神木は江戸時代に、落雷を受け、幹が半分以上避けましたが枯れる事なく現在に至ります。
更に、昭和20年4月に東京大空襲で境内に爆弾が落ち、社殿や周辺町内もほぼ全焼した中、こちらのご神木は一部焼失したものの枯れる事なく、毎年新緑の葉を茂らせています。

生命力に溢れるご神木に触れて、霊気を感じ取ってみて下さい!

新田神社、御朱印
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手水舎と拝殿

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境内社

新田神社の境内社である稲荷大明神新田神社、御朱印新田神社、御朱印 お稲荷さんがデザインされた可愛い赤提灯新田神社、御朱印御朱印はこちらの社務所で頂けます。
新田神社、御朱印

新田神社へのアクセス

住所東京都大田区矢口1丁目21−23
電話番号03-3758-1397
御朱印受付時間9時~17時
駐車場
最寄り駅東急線『武蔵新田駅』徒歩5分

新田神社の周辺神社情報

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