白蛇様と龍神様が一緒に祀られている、全国的にも珍しい神社である『蛇窪神社(上神明天祖神社)』へ参拝に行ったのでご紹介したいと思います!蛇窪神社(上神明天祖神社)ではどんな御朱印が頂けるのか、御朱印帳のデザインが気になるといった方に向けた記事となります!
蛇窪神社(上神明天祖神社)とは
- 御祭神:天照大御神
- ご利益:除災招福、心願成就
- 例大祭:9月15日に近い土日
文永8年(鎌倉時代・1272年)11月10日、北条四朗左近大夫陸奥守重時は、五男の時千代に多数の家臣を与え蛇窪(現在の品川区二葉四丁目付近)に残って当地域を開くよう諭して、自らはこの地を去りました。
その後、時千代は、法圓上人(ほうえんしょうにん)と称して大森(大田区)に厳正寺(ごんしょうじ)を開山し、家臣の多くは蛇窪付近に居住させました。現在、厳正寺の壇徒がこの地域に多いのは、こうした理由によるものです。
文永8年の秋から50年ほどを経た元享2年(1322年)、武蔵の国(現在の東京・埼玉)一帯が大旱魃となり、飢饉の到来は必至と見られました。このとき、厳正寺の当主、法圓の甥の第二世法密上人は、この危機を救うため、厳正寺の戌亥(北西)の方向にあたる森林の古池のほとりにある龍神社に雨乞いの断食祈願をしました。上人の赤誠(偽りや飾りのない心。まごころ。)と神霊の冥助により、大雨が沛然と降り注ぎ、ついに大危機を免れることができました。
これに感激した時千代の旧家臣たちは、蛇窪に神社を勧請し、神恩にこたえて祀りました。これが現在の天祖神社の縁起とされています。
なお 一説には、鎌倉時代に、この地の豪農、森屋氏(現姓森谷氏等の先祖)が建立したものとも伝えられています。
当社の旧社名は神明社です。現在の下神明天祖神社は、正保年間(1644年)、今から約370年前、蛇窪村が上蛇窪村と下蛇窪村に分立の際に、当神社から現在の所在地に分社されたと言われています。その後、昭和7年10月に東京市内編入の際、氏神である神明社に因んで町名が上神明町・下神明町に改名されました。したがって、これ以後に現在の社名、天祖神社に改名されました。(荏原区史)
蛇窪神社(上神明天祖神社)の御朱印
蛇窪神社(上神明天祖神社)で頂ける通常御朱印となります。
こちらの神社では、毎月巳の日に限定御朱印が頂けます。
蛇窪神社(上神明天祖神社)の通常御朱印
初穂料300円。
蛇窪神社(上神明天祖神社)で普段から頂く事の出来る御朱印は『蛇窪神社』『弁財天』『蛇窪大明神』の3種類となります。
蛇窪神社(上神明天祖神社)の限定御朱印
己巳(つちのとみ)限定御朱印。
こちらの己巳の日限定御朱印は、手書きで頂く事ができます。
己巳の日限定御朱印が頂ける日の蛇窪神社は大変な混雑となるので注意が必要です。
私が訪れた日も、100人以上の行列ができており、引換券を頂いてその日は帰宅しました。
この引換券があれば月内中に再度訪れた方は限定御朱印を頂く事が可能です。
[box06 title=”2019年残りの己巳の日”]
7月の己巳の日 :7/31(水)
9月の己巳の日 :9/29(日)
11月の己巳の日:11/28(木)[/box06]
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蛇窪神社(上神明天祖神社)の御朱印帳
白をベースとした白蛇をモチーフにした綺麗な御朱印帳です。
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蛇窪神社のSNS情報です。
[jin_icon_twitter]蛇窪神社 巫女さんのTwitter
[jin_icon_twitter]蛇窪神社 公式Twitter
蛇窪神社(上神明天祖神社)の魅力
都営浅草線、東急大井町線『中延(なかのぶ)駅』から徒歩5分程で神社に到着。
住宅街の中にひっそりと佇んでおります。
手水舎
この日は写真を撮り忘れてしまい手水舎のみの写真掲載となります。
撫で白蛇
蛇窪神社(上神明天祖神社)へのアクセス
住所 | 東京都品川区二葉四丁目四番十二号 |
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電話番号 | 03-3782-1711 |
御朱印受付時間 | 9時~17時 |
駐車場 | 有り |
最寄り駅 | 東急大井町線『中延駅』徒歩5分 都営浅草線『中延駅』徒歩5分 |
蛇窪神社(上神明天祖神社)の周辺神社情報
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